弟子ものがたり (坂根龍我 作品 紹介№228)
《過去の投稿に少し手を加えて》
弟子の頃、よく連れて行ってもらったスナックにYOちゃんはいたんだ。
ガッシリとした大柄で、パンチパーマ。
向こう傷の顔に金のネックレスとくれば、まちがいなく反社会的組織団体のご一員かと思われたのだが、話してみるとそうではなかった。
傷は車の事故だったらしく、パンチパーマとネックレスは・・趣味だったようだ。
ま、その生活ぶりもかなり怪しいモノだったが。
イブとクリスマスの2日間だけ、店で行うライブを手伝って欲しいと頼まれた事から、僕達は急速に仲良くなっていった。
ライブと言ってもそこはスナック。
紫色の照明にムード歌謡中心で、「ロック命!」だった僕にはかなり衝撃的であり、ギターはおろか、ドラム、ケーナ、ボーカルとこき使われ、
YOちゃんはと言えば、酔っ払って客と楽しんでおり、いったい誰が中心なのか判らないというシロモノであったが、
帰りに貰うデッカイ寿司折りと酒に釣られて2日間を乗り切った。
たまたま家が近かった事もあり、YOちゃんとは2人でよく呑みにも出掛けたのだが、
「お前はいつかゲージツカのセンセになるんやから、しょうもない事に金使うな。」と言って、いつも僕には全く金を使わせなかった。
その店はまだ若いママが1人で切り盛りしている、カウンターだけの小さなスナックだった。
いつも奢られてばかりでは気兼ねして嫌だ!
酒も旨くないし、友人として対等の話しが出来ない!と不服を訴える僕の言葉に、YOちゃんは腕を組み、しばらくうつ向いて、
今度は上を見上げて、何かを考えていたが、やがて
「・・わかった。」とつぶやき「・・また連絡する。」と言って呑み代を置くと、帰ってしまった。
気まずい1週間が経った頃、YOちゃんから連絡があった。
先日のスナックへの誘いだった。
仕事を終え行ってみると、果たしてYOちゃんは店にいた。
しかも何故かカウンターの向こうに真っ白のシャツを着て、満面の笑顔で立っていたのである。
「おぅ!よー来たな!お前今日からこの店タダやからな。ワシもタダや。ウヒッ!」
「・・・は?・え?ウヒッて・・」
訝る僕の目に若いママの姿が映った。
照れたようにシナを作るママに、いくら鈍感な僕でも解ってしまった!
何とYOちゃんはママとやっちゃったのだ!
で、この店に入り込んでしまったのだ!
しかも僅か1週間のうちに‼︎
「な、エエ解決方法やろ〜。これでお前もワシも気兼ねなく呑めるし、お前はゲージツに金使えるっちゅう訳や!」
したり顔で満足そうにウンウンとうなづくYOちゃんと、YOちゃんにペトっと寄り添うママを前にして、その夜僕はウィスキーのロックを5杯空け、珍しく悪酔いしてしまった。
弟子修行も折り返しに差し掛かった頃だった。
その後ボクはYOちゃんからスキューバダイビングを教わる事になった。
その日は朝から快晴!
越前の海へと潜りに行った。
YOちゃんは誠にインストラクターらしく、丁寧に、そして厳しく教えてくれた。
おかげで、最初から一緒に7m、10mと潜り、僕は海の中をまるで飛ぶように堪能したんだ。
練習が終わった後の夕日はとても清々しく、少し寂しくもあった。
2人で岩場に座って夕日を見ていると、
「内緒やど」と言ってYOちゃんは、海パンの内腿をチラとめくり、自分で彫ったという牡丹の入れ墨を僕に見せた。
いや、正確に言うと『牡丹らしき』入れ墨を僕に見せたのだった。
そして困った顔で言った。
「・・・あのな、頼みがあんねん。
お前、センセになったら、牡丹の絵、描いてくれへんかなぁ。
・・ワシ、それ彫り師に見せてちゃんと彫って貰いたいねん。
・・・アカン・・かなぁ・・・。」
入れ墨という事に少し躊躇したが、YOちゃんの顔をみていたらそんな気持ちなど消えてしまった。
「ええよ、今まだ修行中やから上手い事描けんけど、独立したらな!」
「おおっ!ホンマか!約束やど!」
YOちゃんはとても喜んでくれた。
ホントに嬉しそうな顔が夕日に照らされて、YOちゃんはどこにでもいる素っカタギの青年に見えた。
そんなYOちゃんと会えなくなったのは、僕の独立が決まって間もなくの事だった。
僕の独立を聞いたYOちゃんは何よりも喜んでくれた。
そして
独立祝いの名目により、件のスナックでYOちゃんのおかげのタダ酒を呑み、散々騒いだ後でYOちゃんが僕に言ったんだ。
「さ、これでおしまいや。
ワシ、もうお前とは会わん。」
「・・・は?
何しょうもない事言うてんねん!」
「いや、ホンマや。
これはもうワシが決めた事や。
お前はこれからセンセにならなアカン!
ワシみたいなモンが側におったらアカン。
つるんどったらアカンのや。
ワシ、お前の足引っ張りとうないからな。
ワシ、生き方変えられへん。
ワシ、みんな成り損ないやねん。
せやし、もうイッペン、男賭けたいねん。
これで、ワシらは、お・し・ま・いや。」
その物言い、仕草全てが芝居がかっていてちょっと可笑しかったのだが、YOちゃんは至極真剣だった。
何を言ってるんだ。またすぐに会えるさ、と僕はタカをくくっていたのだが・・。
それっきりYOちゃんはどこにも居なくなってしまった。
住んでいたアパートも引き払い、誰にも行く先は告げられていなかった。
僕の中で救いは、例のママも一緒に居なくなってしまった事だった。
2人で何処かに消えたのなら、まだ寂しくはなかったのかな、と勝手に思い込んでいる。
思えば、僕はいったいどれ程の人達に護って貰って来たのだろう。
助けて貰って来たのだろう。
過去も、今も、そしてこれからも。
YOちゃん、僕は今なら牡丹をもう描けるよ。
YOちゃんの言うゲージツカのセンセにはなれないと思うけど。
約束はまだ果たされていない。
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