仏像 (坂根龍我 作品 紹介№23)
この記事は2013-12/4に投稿したものです。
《 百百のやわ 》 仏像
弟子の頃、よく師匠に連れて行ってもらったスナックにYoちゃん はいた。
ガッシリとした大柄で、パンチパーマ。向こう傷の顔に金のネック レスとくれば、間違いなく反社会的組織団体の、ご一員かと思われ たのだが、話してみるとそうではなかった。
しかし、その生活ぶりはかなり怪しいモノだったが。
イブとクリスマスの二日間だけ、店で行うライブを手伝って欲しい と頼まれた事から、僕たちは急速に仲良くなっていった。
ライブと言っても、そこはスナック。紫色の照明にムード歌謡中心 で、「ロック命!」だった僕にはかなり衝撃的であり、ギターはお ろか、ドラム、ケーナ、ボーカルとコキ使われ、Yoちゃんはと言 えば、酔っ払って客と楽しんでおり、いったい誰が中心なのか分か らないというシロモノであったが、帰りに貰うデッカイ寿司折りと 酒に釣られて2日間を乗り切った。
たまたま家が近かったせいもあり、Yoちゃんとはよく二人で飲み にも出かけたのだが、「お前はいつか、ゲージツカのセンセになる んやから、しょうもない事に金使うな。」と言って、いつも僕には 全く金を使わせなかった。
その店は、まだ若いママが一人で切り盛りしている、カウンターだ けの小さなスナックだった。
いつも奢られているばかりでは、気兼ねして嫌だ!
酒も旨くないし、友人として対等の話しが出来ない。と不服を訴え る僕の言葉に、Yoちゃんは腕を組み、しばらくうつ向いて、今度 は上を向いて、何をか考えていたが、やがて「分かった」とつぶや き、「また連絡する」と言って飲み代を置くと、帰って行ってしま った。
気まずい一週間程が経った頃、Yoちゃんから連絡があった。
先日のスナックへの誘いだった。
仕事を終え行ってみると、果たしてYoちゃんは店にいた。
しかも、何故かカウンターの向こうに、真っ白のシャツを着て満面 の笑顔で立っていたのだ。
「おぅ!お前今日からこの店タダやからな。ワシも、タダや。」
「・・・は?・え?」
訝る僕の目に若いママの姿が映った。
照れたように、シナを作るママに、いくら鈍い僕でも解ってしまっ た!
何とYoちゃんはママとやっちゃったのだ!
で、この店にイロとして入り込んでしまったのだ!
僅か一週間のうちに!!
「な、エエ解決方法やろ~。これでお前もワシも気兼ねなく飲める し、お前はゲージツに金使えるっちゅうわけや!」
したり顔で満足そうにウンウンとうなずくYoちゃんと、Yoちゃ んにペトっと寄り添うママを前にして、その夜僕はウィスキーのロ ックを5杯空け、珍しく悪酔いしてしまったのだった。
弟子修行も折り返しに差しかった頃だった。
その後僕はYoちゃんからスキューバダイビングを教わる事になっ た。
練習に行った日の夕方の海辺で、
「内緒やど」と言ってYoちゃんは、海パンの内腿をチラとめくり 、自分で彫ったという牡丹の刺青を僕に見せた。
いや、正確に言うと、『牡丹らしき』刺青を僕に見せたのだった。
そして困った顔で言った。
「・・あのな、頼みがあんねん。お前、センセになったら、牡丹の 絵、描いてくれへんかなぁ。
ワシ、それ元にちゃんと彫師に彫ってもらうし。アカンかなぁ・・ ・。」
刺青という事に少し躊躇したが、Yoちゃんの顔を見ていたらそん な気持ちなど消えてしまった。
「ええよ、今まだ、修行中やから上手い事描けへんけど、独立した らな。」
「おおっ!約束や!」
Yoちゃんはとても喜んでくれた。
ホントに嬉しそうな顔が夕日に照らされて、Yoちゃんはどこにで もいる素っカタギの青年に見えた。
そんなYoちゃんと会えなくなったのは、僕の独立が決まって間も なくの事だった。
独立祝いの名目により、件のスナックで、Yoちゃんのおかげのタ ダ酒を呑み、散々騒いだ後でYoちゃんは僕に言った。
「さ、これでおしまいや。
ワシ、もうお前とは会わん。」
「何をしょうもない事言うてんねん!」
「いや、ホンマや。
お前はこれからセンセにならなアカン! ワシみたいなモンが側におったらアカン。 つるんどったらアカンのや!ワシ、足ひっぱるかも知れんしな。
ワシ、生き方変えられへんから。
ワシ、みんな成り損ないやねん。
せやし、もう一遍、男かけたいねん。
これで、ワシらはお・し・ま・いや」
その演出、物言い、仕草が全て芝居がかっていてちょっと可笑しか ったのだが、Yoちゃんは至極真剣だった。
すぐに又会える、とたかをくくっていたのだが、それっきりYoち ゃんはどこにも居なくなってしまった。
アパートも引き払い、誰にも行く先は告げられていなかった。
救いは、例のスナックのママも一緒にいなくなってしまった事だっ た。
二人で何処かに消えたのなら、まだ淋しくはなかっただろう。と勝 手に思い込んでいる。
思えば僕はいったいどれ位の人に護ってもらって来たのだろう。
助けてもらって来たのだろう。
今も、そしてこれからも。
Yoちゃん、僕は今なら牡丹をもう描けるよ。
Yoちゃんの言うゲージツカのセンセにはなれないと思うけど。
約束はまだ果たされていない。
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