いつの時代も人は人
娘の難病が分かったのは小学校へ上がる半年前でした。
主治医から「5年後には寝たきり」と言われてました。
いつまで通えるか分からない状態での入学式
もちろん、歩いて登校できる状態ではありませんでしたので、嫁が自転車に乗せて学校へ向かいました。
そして入学式後に校長先生、担任、支援学級の先生にお時間をとっていただきました。
校長室にて娘についての病気の説明、娘に対する思いを伝えました。
みんなと同じように出来る限り小学校へ通わせてあげたい
教室の後ろで見守ってあげたい
どんな状態になっても可能な限り学校へ行かせてあげたい
そんな思いを伝えました。
先生方は泣きながらそれを聞いて下さいました。
そして、それらの全てを受け入れてくださいました。
嫁がクラスにずっといる状態での1学期が始まりました。
生徒たちは、嫁も先生だと思っていたようです。
教室の前にいる先生、後ろにいる先生、そんな感じだったと思います。
入学当時は病名が確定しておらず、2学期が始まった頃にそれは確定しました。
「肢帯型筋ジストロフィー」その事を伝えるために再度先生方に集まっていただき病名を伝えました。
先生方は「出来る限り学校生活をサポートしたい」と言って下さいました。
そして「どんな病気かを知りたい、病気のことを知った上でサポートしたい」と言って下さりました。
後日、先生方は娘がお世話になっている主治医に連絡をとり、菓子折りを持って病気の説明を聞きに行って下さったそうです。
言葉だけでなく、本気でサポートしたいと思っていただいていることを、その行動で感じました。
先生方のお気持ちを知り、安心感、そして本当に感謝の気持ちで一杯なりました。
それだけでなく、足の筋力がない娘の為に洋式トイレを娘専用に設けてくださいました。
冬は冷えるからと、便座カバーまで付けて下さいました。
高学年になると4階になるのが通常なのですが、手を繋いで階段を登らせてあげたいとの事で、娘がいるクラスはずっと2階でした。
遠足は、1年生から6年生までバスでした。
間違いなく異例です。
学校側に、何も要望はしていません。
娘に対しての気持ちをそのまま伝えただけでした。
娘のことを思うばかりに、学校側へ多くの要望を伝えていたら、先生方は自分達の立場を守ろうとしたと思います。
しかし、娘への気持ちを伝えたことで、一人の人間として親の思いを受け止めて下さったのだと思います。
お世話になった鍼灸院の先生も同じでした。
娘への気持ちが伝わり、異例の対応をして下さいました。
難病克服支援センターさんの了解の上、記事を転載しています。
みんなそれぞれ、自分の置かれている立場や役割があります。
しかし、人の思いや気持ちが伝わった時には、その立場や役割を超えて、人としての感情が湧いてくるんだと思います。
社会が変わり、人と人の繋がりが薄くなったように感じますが、人は変わってはいないんだと思います。
苦しい時ほど、自分の気持ちを分かって欲しい、助けて欲しいと思うのは当然です。
しかし、その気持ちを要望として伝えると相手は立場や役割を守ろうとしてしまいます。
素直な自分の気持ちを伝えることで、人は力になりたいと思ってくれるのだと思います。
いつの時代でも、それが人なんだと思います。
難病克服支援センター
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