waca-jhi's diary

笑いも涙も浄化には大きい力になるといいます。そしてカルチャーショックは気付きの第一歩、たとえ小さくても感動は行動への第一歩。

漆弟子物語〜独立編〜 (坂根龍我 作品 紹介№293 )

弟子修行を終えて、独立後まだ3年ほどしか経ってない頃、ある大変ご高名な方とお知り合いになり仕事を依頼された。

僕は蒔絵師なので、作品造りは別として、仕事は基本塗りまでの無地を他から仕入れて加飾する事となる。

ご依頼は普段使いの出来るモノという事だった。

つまりは余り高級な無地を仕入れてはならないという事。

独立してまだ3年。ひたすら問屋仕事をこなすだけの駆け出し職人の僕は、

まだお客様のご要望に合わせて仕入れ先を決められる程ルートを持っていなかったし、様々な表現方法をまだそんなに知らなかった。

今でこそ、色を多用したり、金銀粉も蒔きっぱなしたりと組み合わせ次第で素敵な作品は色々出来るのだが・・。

あちらこちらに連絡をし、これなら良いんじゃないか?と思われるモノをそれでも見つけ、5つ注文をし、手に入れた。

後は蒔絵である。

僕の師匠は蒔絵師としては一流の人間で、弟子の間ずっと所謂高級なモノばかりを触ってきた。

なので、僕の中で1番安価にできるモノは粒子の細かい金銀粉の磨きしかなかったのであり、その他は、蒔絵の中には入らないモノというとんでもない認識をしていたのである。

そして、そういう認識のまま5点の磨き蒔絵が仕上がった。

品自体はそれなりに申し分無いように思われた。

ただ、値段はそれなりになってしまい、少し気に掛かりはしたのだが、

当時の僕の中では「う〜ん、でも一応磨き蒔絵だし、ま、こんなモンだろう。」だった。

早速連絡を取り、ご自宅へお届けにあがる日時を決めた。

当日、先方様はニコニコと僕を迎えて下さり。

奥の間へと通された。

「お待ちしておりました。出来は如何ですか?」

「はい、お喜び頂けるようにと造らせて頂きました!」

「それは楽しみです!では早速拝見を。」

「はい!」

こんなやり取りの後、僕はおもむろに包みを開き、1つづつ先方様の前へと並べた。

 この記事は彦根市の漆の工芸家、坂根龍我さんの
了解をいただき、F.B.投稿を紹介させていただいています

その方はまた1つづつ丁寧に御覧になっていたのだが、今までのニコニコ顔が消え、やがて少し顔を曇らせて

「これは・・如何程になりますか?」と問われた。

「はい、1つ◯◯円程になります。」

「・・そうですか・・・」

言葉を選び探されているように、暫く重い沈黙が流れた。

やがて先方様の口が重く開いた。

「・・坂根さん、この無地に坂根さんのこの蒔絵は・・勿体無いように思いますね・・また普段使いにしては・・」

と、後の言葉は濁されてしまった。

つまりは総合すると、自分が注文した普段使いにしては金額が高い。

また、この無地にこの金蒔絵は似つかわしくなく、トータルのバランスが悪い。

「もうちょっとどないかならんかったんかいな!」という事をヤンワリと仰ったのである。

技術不足、経験不足もあり、全くお客様の意図を理解出来ていなかった未熟者の大きな失敗である。

互いに僅かな沈黙の後、先方様が仰った。

「はい、ではこれとこれとこれ。この3点をいただきましょう。」

「・・・ありがとうございます・・」

この時、僕が言いたかった言葉は ありがとうございます なんかじゃなかった。

喉を吐いて出そうだった言葉は「申し訳ありませんでした!それは持ち帰ります。

今一度造らせて下さい!」だった。

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しかし僕はその言葉を飲み込んでしまった。

それは・・そこでいただけるであろうお金が必要だったからだ。

そのお金を持ち帰らないと、その月は回らなかったのだ。

少しの静寂があり、

「では、お代を用意して参ります。しばらくお待ち下さい。

・・・あ、いや、私は今日坂根さんがお持ちになったモノは、どうあれ頂こうと考えておりましたからね。」

「・・はい・・本当にありがとうございます・・」

キツイお言葉だった。

先方様のお宅を出て、車に乗り込む。

悔しかった。

情けなかった。

何よりも、お金と造り手の信条を天秤に掛けざるを得なかった自分の現状と未熟さが腹立たしかった。

車は街に滑り出し、いつしか前が曇ってきた。

「・・雨か・・」

ワイパーを動かす。・・全く、前が鮮明にならない。

・・・泣いていた・・。

自覚がないままに、僕は泣いていた。

それ程にその時の僕の心は砕かれていたんだ。

気づいた後は、ただただ涙が溢れた。

あれから幾歳月。

今の僕の仕事の仕方があるのは、この方との出逢いがあってこそだと心から感謝している。

この方とのお出逢いが無ければ、僕はとても傲慢な嫌な造り手になっていたのではないかと、背筋が凍る想いでいる。

先方様にはその後大きなイベントがあり、その際「お祝い、御礼」として心尽しの作品を納めさせていただき、当時のリベンジを果たした。

その作品は大層喜んでいただき、作者を放っておいて作品だけがエライ出世をしたという、まるで落語の「はてなの茶碗」のような出来事があったのだが・・。

このお話しは、また書いてもいい頃合いを見計らってお話しさせていただければ・・と思う。

                

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