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waca-jhi's diary

笑いも涙も浄化には大きい力になるといいます。そしてカルチャーショックは気付きの第一歩、たとえ小さくても感動は行動への第一歩。

思考と感覚の使い分け

小さい頃から記憶中心の教育を受けてきました。

幼稚園ではお遊戯を覚えて

みんなと同じ動きができると褒められました。

小学校に入ると、ひらがな、漢字、九九

そして、歴史や算数、原子記号、英語・・・

また、頭を使って考えろと教えられてきました。

確かに社会生活を送る上で、必要なことでした。

しかし、感覚の重要性は教えられませんでした。

生活の中で、環境によって、その重要性を感じていきました。

記憶や思考と感覚はバランスが重要だと感じます。

そして、いちばん大切なのは使い分けだと思います。

それも自然と使分けられているかどうかだと思います。

記憶や思考で判断する場合と感覚を重要視する場合

それを間違うと望みが叶わないことに気づきます。

この記事は「病気」ではなく「健康」の観点で読むためにFBページ
難病克服支援センターさんの了解の上、記事を紹介しています。

人は窮地に追い込まれた時には思考回路が狂いだします。

いくら頭で考えようとしても冷静な判断が出来なくなっています。

そんな時に感覚モードに自然と切り替われるかどうか

たいはんの人は必至で逃れようと頭で考えてしまうようです。

しかし、そんな時は完全にマイナス思考になっていて

しかも、正常に動いていない状態です。

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窮地に立たされた時、自然と感覚モードへと移行するために

私は動き続けるようにしています。

動き続けていると思考が弱まり感覚モードになっていることに気づきます。

後は、寝ることです。

私はお酒のチカラを借りて思考を停止し寝る時間を増やしていました。

いま振り返ると、娘との闘病時期は自然とこれが出来ていたなと思います。

精神状態が良いとき、時間にゆとりがあるときは、思考半分、感覚半分

精神状態が悪きとき、不安な気持ちになっているときは

頭より、感覚に従った方が正しい選択をしている気がします。

そして腹をくくること、開き直ることもが好転への近道だと感じます。

 ご息女が五歳の時に筋ジストロフィーと診断され、五年後には寝たきりになるとの宣告を受け一時は悪化していたものが「小さな光を追いかけ続けた結果約四年で血液検査も正常に戻り、自力で立てる、走れる、自転車に乗れるまで回復しました」との体験をもとに、難病克服支援センターを運営していらっしゃいます。

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