弟子ものがたり (坂根龍我 作品 紹介№240)
《 黒いかばん 》
僕は「黒」が好きである。
なのでつい、服も黒を選びがちで。
今は他の色のモノも着るようになったが、10代、20代の頃は「黒」しか身に着けなかった。
下着までもが「黒」だった。
なので、タンスの中はブラックホールのように真っ黒だったのである。
夏でも「黒」しか着なかった。
バッグ、カバンの類いを持つ事に抵抗があった僕ではあったのだが、塗師屋包丁の一件から師匠たってのご意見を賜り、カバンを持つ事にした。
底のしっかりしたモノが欲しいと探していたところ、黒革製の小型ドクターバッグを見つけた!
持ち手もシッカリしているし、何と言っても機能的!
更に、人と同じ様なモノを持つ事、ブランド嫌いな僕にぴったり!とばかりに購入したのである。
もっとも、中身に至っては日々仕事場に持って行く弁当位のモノだったのだが。
しかし、この黒いドクターバッグと弁当が巻き起こす騒動を、この時の僕は知る由も無かったのである。
夏はさすがの僕もあまり食欲が出ず、昼弁当のオニギリが一個食べられなかった。
それを弁当箱に残し、これまた黒い布に包んでバッグに仕舞っていた。
仕事も滞り無く終え、電車の駅に向かうバスの中。
エアコンは僅かに効いてはいるものの、暑くて早く帰って冷たいビールをクイっとやりたかった。
ところが京都の街中、大通りが十字に交差するところでバスが停まって動かない。
見ると四つ角の信号が全て赤なのだ。
その上、警官までもが出ていてなにやらトランシーバーでやりとりしている様子が見て取れた。
何なんだ?事故か?
と思ったところに車内アナウンスが流れた。
なんでも、外国からの要人が通るために四つ角全てを赤にして車を止めているとの事。
間の悪いことである。
しかし・・・待てど暮らせど、車は通らない。
バスは動かない。
10分待っても動かない。
更に15分待っても動かない。
かんべんしてくれよ〜。
こっちは早く外の空気に当って、家に帰りビールが飲みたいのである!
も、たまらないのである!
そこへ持って来て、僕はかなりのセッカチなのである!
この状態で暴れなかった事が奇跡なのである!
やがて、暑さからなのか暴れずに過ごしてしまったストレスからなのか、軽い頭痛と吐き気に見舞われた。
やり過ごそうと我慢してはみたのだが、僕の頭のカラータイマーが危険を示していた。
辛抱たまらなくなった僕は、首筋の汗をハンカチで拭きながらダルそうにしている運転手に頼んだ。
あの、ここで降ろしてくれます?
あ、いや、でも、お客さん!
あの気分が悪いんですよ。
吐きそうなんで・・。
と言って、少しエヅク真似をしたらすぐに扉を開けて降ろしてくれた。
あ〜、外の空気は気持ちいい!
淀んだ川から清く流れる川に放流された魚のような気持ちだった。
信号まで行ってみたが、やはり要人を乗せた車が通る気配はまだない。
いくら大通りの交差点とは言え、信号を渡りきるのに20秒とかからない。
それを全面通行止めにされ、長時間待たされている訳である!
いくら海外の要人とは言え、迷惑も甚だしいのである!
しかし、信号待ちしていると、暑い。
いつ青になってくれるのか判らないとなると、余計に暑いし余計気分が悪くなる。
プチッ・・・。
僕の中で何かがキレた。
右を見た。来ない。
左を見た。影すらも見えない。
後ろを見た。停まっている車だけ。
前を見た。全く静かなもんだ。
そこで
渡る事にした。
これほど安全な横断は未だかつてなかったであろうと、悠々と渡った!
いや、三分の一程渡った。
ピピピッ!ピーーッ!
けたたましい笛の音と共に拡声機らしきモノからの声が後ろから響いた。
君!そこの黒い君!
信号が見えないのか!
っるせーな、こっちは急いでるんだ。
との心の声に従って、渡り切ろうとした時、後ろから肩を掴まれた。
君っ‼︎止まれと言っている!
は⁈何スか⁈
かなりイラついていた。
どんな要人か知らないが、善良なる市民のビールでひと息の至福を邪魔され、吐き気まで催した人間の帰る自由を奪われる覚えは、こっちには無いのである。
とにかく戻りたまえ!
の警官の言葉にキレてしまった。
はぁ⁈
なら渡ってから話しましょうか!
いや!戻りたまえ!
私の持ち場は向こうだ!
あのね‼︎
と言いかけた時、腕を取られ連れ戻された。
警官を舐めてはいけないのである。
彼らは日々訓練をしている猛者なのである。
痩せたガキ1匹位、造作もないのである。
君!何で渡ったんだ!
あのね、仕事で疲れて、帰りのバスの中で20分以上も缶詰めにされたら、誰だってたまらんでしょうが!
頭からゲロ吐いたろか!・・・は言わなかった。
信号は赤だろっ!見えんのかっ!
見えてますよ。
四つ角みんな赤じゃないすか。
ならどうして渡った!
だ・か・ら、仕事で疲れて早く家に帰って休みたかっただけでしょうが!
気分悪くて吐きそうなんすよ‼︎
全く車通る気配はないし!
渡るのにそんな時間かかるわけじゃなし。
仕事?
何の仕事をしてるんだ?
蒔絵師ですよ。
まきえし?何だそれは⁈
漆工芸の絵描きです。
絵描き?
そんな風には見えん!
そちらに見えなくても、そうなんだから仕方ないっしょ‼︎
そのカバンの中は何が入ってるんだ⁈‼︎
はぁ?
この中は・・・。
開けるな!
本官が調べる!
いいな!
言うが早いか、警官は師匠お達し故のドクターバッグを開けた。
この箱は何だね‼︎‼︎
何を包んでいる⁈
それは・・・
応えかけた時、弁当箱はもう警官の手にあった。
そして、彼はその包みを軽く振った。
中で食べ残しのオニギリが踊り、鈍い音を立てる。
何だ!何を入れている⁈
まさか爆発物か!
弁当ですよ‼︎‼︎
入ってるのは食べ残しの・・・
もう開けていた。
半透明のタッパーの中で、振られて歪になったオニギリが転がっていた。
だから人の話しをちゃんと聞きな・・・
さいよと言おうとした時、黒塗りのデカイ車が数台走り抜けて行った。
それを見送った警官は、僕に弁当箱を返し、敬礼をして言った。
あ、ご協力ご苦労様でした!
も、行っていいですよ。
は⁈
いや、君ねぇ、その格好で目立つ行動取ると疑われても仕方ない。
以後、注意したまえ!
・・・・・・・・・・・・・・。
街は動き出し、警官はあっという間に居なくなり、僕は取り残された。
翌日、兄弟子達にこの話しをした。
兄弟子に笑われ、お前が悪い!と諭されてたのを師匠は黙って聞いていた。
忙しい1日が終わり、帰りの時間。
ありがとうございました!失礼します!
ん、・・・あ、坂根君・・・。
塗師屋包丁の時の一件もあったので、僕は恐る恐る返事をした。
・・・・は・・い・・。
とりあえず・・色着よか・・で、警官のいるトコから・・離れて生きよか・・。
・・・やっぱり・・な・・。
は・・・い・・。
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