弟子ものがたり 道具 (坂根龍我 作品 紹介№236)
憧れの道具編part2
僕は今でも、カバンやバッグなどにモノを入れて持ち運ぶ事が苦手である。
いや、嫌いなのである。
なので、選ぶ服は自然とポケットの多いモノになる。
財布は左か胸の内ポケット、車のキーは右ポケット。免許証は左の胸ポケット、タバコはシャツの胸ポケット。
決めておけば楽でいい。
探す手間も省けると言うものだ。
ただし、ポケットが多ければどんな服でもいい訳ではない。
出来るだけスマートに!がモットー。
作業着などは以ての外なのである。
弟子入り1年が過ぎようとしていた。
弟子の朝は師匠よりも早い。
仕事場の拭き掃除から始まり、室(漆を乾かすため適度な湿度温度を保つ箱型の装置。当時は檜で作られた1メートルの立方体だった。)の中を水で湿し、いつでも快適に仕事が出来るように整えて師匠を待つのだ。
それと同時に、たまに折れたヘラを削り、少し短かめのヘラに作り直す作業なども含まれていた。
ヘラとは、出した漆を練ったり、混ぜたり、はたまたこれで塗る事も出来るという優れもので、我々が最も酷使し、頼りにしている道具の1つなのである。
このヘラを削るのが塗師屋包丁(ぬしやぼうちょう)または短刃(たんば)と呼ぶ刃物なのだが、こいつの出で立ちが凄い!
見るからに ドス なのだ! 刀なのだ!
刃なのだ!
欲しい!
当時、入りたての弟子である僕は師匠のお古を怖々使わせて頂いていた。
やはり何事も形から!の僕は、欲しくて堪らない!
兄弟子に聞くと、塗り刷毛とは違い、今度は僕の給金でも何とか買えた!
やた‼︎‼︎‼︎
これはもう買うしかないのである。
はやる購買意欲を抑えつつ日曜日を待ち、京都の繁華街に店を構える有名な刃物屋へと向かった。
ショーウィンドウには様々な刃物が狭し!と飾ってあった。
何に使うのか?と考え込むようなモノもあったが、みなその道のプロに扱われる道具だとばかりに胸を張り、輝いて飾られているようで、見ているだけでもワクワクするシロモノばかりだった。
自動扉を抜け、店の奥へ。
眼鏡を掛けた60がらみの店主らしき人がチラリと僕の方を見て、またすぐに手元に目を落とした。
無理もない。
19歳そこそこのガキが来るような店じゃあない。
・・・あの〜・・・
恐る恐る声をかけてみた。
・・・はい?・・
訝しげな返答が返って来た。
あの、塗師屋包丁を探してるんですが・・・。
あぁ、はいはい!
店主は眼鏡を外し、僕の方へと来てくれ、
今度は笑顔の返答にかなりホッとした。
お客さん、拝見するとお弟子さんに入らはったとこどすな。
あ、はい。まだやっと1年経ったトコです。
ほうどすか!
1年持たはったんどすな⁈
そら、そろそろお道具、揃えはってもよろしおすな。
へ、へ、幾つかお持ち致します。
あ、でもまだ1年なのであまり高価なモノは・・・。
へ、心得ております。
そう言って、店主は僕の前に3本の塗師屋包丁を出してくれた。
どうやら1年弟子修行を過ごし終えたというのは、目出度い位の事だったらしい。
さ、この辺りが手に取って貰いやすい品物かと思います。
値段の高いもの、低いもの。懐具合と相談して僕は中を取った。
兄弟子に聞いていた通りに、品物を確かめる。
鞘から抜いて、刀身を見る。
捻れは無いか、左右の反りは無いか。
見事な刀身だった。
これ、頂きます!
へ、おおきに。お包み致します。
お客さん、この塗師屋包丁どすけどな。
ほれ、ここに一応銘が入っております。お確かめを。
菊一文字!
あの、ここが打った塗師屋包丁って事ですか?
そうどっせ〜。
菊一文字則宗はんの流れからの屋号を戴いたとこの刃物どす。
ま、勿論刀とは違いますさかいにそこまでの手はかけておへんし、ハガネも違いますけど菊一文字どす。
長い事、研いでやって使うておくれやす。
ありがとうございます!
大切に使わせて頂きます!
へ、おおきに。
店を後にした僕は、自分が職人として少し成長したような面持ちだった!
幸せなものである。
例によってカバン、バッグなどを持つ事が大嫌いな僕は、紙に包んで貰った塗師屋包丁を、ブルゾンの中を通してズボンに挟んで仕舞い込み、歩いていた。
あ、君!そこの君っ!
ちょっと止まりなさいっ! 君っ!
という声に振り向くと、血相変えた巡査が2人交番から出て来て立っていた。
・・・・は?・・俺の事ッスか?・・
と訊くが早いか両脇に立たれた。
その懐に入れているモノは何だね!
何を持ってる!
・・ん?あ、あぁこれね!これは・・
ちょっと来て貰おうか!
え?・・・・・・えぇえぇえーーーー‼︎‼︎
交番の中の机の前に座らされ、1人の巡査が僕の脇に立ち。
1人の巡査は机を挟んで、僕の前に座った。
僕の脇に立った巡査は、無線で何かやりとりしている。
・・・はい!・・はい、不審者1名!
黒ブルゾン、黒ズボンに黒のTシャツ、長髪、サングラス姿!成人と見られます!
・・はい、取り調べに入ります!・・はい!
‼︎‼︎不審者って?・・・もしかして俺ェーーーー‼︎‼︎⁇
いや、19才だし。
ぇえぇえぇえぇえーーーーーーーー‼︎‼︎‼︎
そのやりとりで気がついた、頭からつま先まで真っ黒の出で立ちだった。
で、懐からドスのようなモノが見え隠れ・・
・・。
捕まるわなぁ・・・・・と。
以下巡査たちとのやりとり
で?君何を持ってるの?
出してみようか。
あ、はいはい出します出します!
これはですね、塗師屋包丁と言いましてですね。
何だ!
短刀じゃないかっ‼︎
あ、いやいや!違います違います‼︎
あの、刃を見て頂ければ解りますから!刃を!
これは君・・・。刃渡何センチあるんだ!
あ、はい。
あの、でもこれは片刃なので、許可はいらないはずですよ。はい、調べてみて下さい(現在は片刃であっても身分証明書等色々提示して然るべく許可が必要である)。
何に使うつもりなんだ!
だからですね、
これは塗師屋包丁という道具でして、
漆の塗りをする者や蒔絵師なんかがヘラなどの道具を削って作るための刃物なんですよ。
それを何でそんな所に隠して持ち歩いていた!
わざと隠してた訳じゃないっスよ!
いや、だからですね。
これは先程、刃物屋さんから購入しまして、バッグとか持たないものですから、この服の中に入れて帰ろうと・・・。
手に持って歩いてる方がおかしいでしょ?
それはそうだが。
ここで、僕の脇にいた巡査が先程の店の名を僕に訊ね、出て行った。
どうやら店に聴き込みに行ったらしい。
で?君はその、漆塗りが職業なのかね。
いや、僕は蒔絵師と言って塗り物に絵を描く方の仕事です。
まだ見習いの弟子ですが・・。
弟子?じゃあその、先生は?いるの?
いたら先生の連絡先教えなさい!
言わざるを得なかった・・・。
・・・あ、もしもし、あ〜こちら◯◯町派出所ですが、え〜、実はオタクの弟子と言う者の事情聴取をしておりまして・・、
名前は・・。
はぁ、あ、間違いないですか・・。
ここで電話を替わられた。
・・・もしもし・・先生スミマセン・・
僕は手短かに事の顛末を師匠に話した。てっきり頭っから叱られると覚悟していた。
・・・ん、わかった。警官に替わり。
・・・はい。・・・
あ、もしもし・・はぁ⁈
いや!そう言われましても・・はい。
いや、我々としてはですね市民の安全を・・
いやいや!
ここで、師匠の声が電話機から漏れて聞こえた。
うちの弟子に間違いない!言うとりますでしょが‼︎
それは、仕事に欠かせん大事な道具です!
ちょっとは伝統工芸の勉強してから人疑いなさい‼︎
ウチの弟子、すぐに帰して下さい!
もう、泣きそうだった!
メチャクチャ嫌がられるの承知の上で、師匠〜〜‼︎‼︎と抱きつきたい位であった。
そこへ、先程出て行った巡査が帰って来た。
間違いなかったようです。
彼の一言を聞いて、師匠に電話をしていた巡査が言った。
あの〜、お弟子さんの供述に間違いなかったようですので・・・。
あ、はい、はい、あ、それはもう、はい、お帰りいただきますので。
はい。
紛らわしいモノを紛らわしい格好で紛らわしい所に入れて持ち歩かないでくれ。と言う警官の言葉を締めくくりに、
僕はやっと解放された。
刃物屋さんから出て、少し成長したような気になり、
派出所から出てきて前科者になったような気になり、
数時間の間に天国と地獄であった。
翌朝、気不味いながらも師匠にお詫びを入れなければならない僕は、正座して師匠の到着を待ち、頭を下げた。
・・・先生、昨日は申し訳ありませんでした!
あ?・・・・ん・・。
で終わった。
叱られる訳でもなく、勿論破門も言い渡される事は無かった。
そして、いつものように仕事の時間が流れ、1日が終わったのだ。
ありがとうございました!
ん、・・あ、坂根君・・。
帰ろうとした僕を師匠が呼び止めた。
はい!
・・・とりあえず・・カバン持とか、人として。
・・・・あ・・・はい・・・。
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