弟子ものがたり (坂根龍我 作品 紹介№229)
《過去の投稿に少し手を加えて》
弟子入りしてすぐに仕事が出来る訳ではない。
当初は仕事部屋の拭き掃除、皆の机周りの掃除くらいしかお役に立てる事はなく、
後はひたすら運筆、線描き、塗り込みの練習で1日が過ぎていくのである。
ある朝掃除をしていた時、師匠の道具箱が開いている事に気がついた。
中には新しい蒔絵筆の他に、塗り刷毛までもが揃っていた。
それは少し汚れていて、丁寧に毛先が揃えられ、これぞ一流の造り手の一流の道具!と言わんばかりに輝いて見えた。
「・・欲しいっ!持ってみたいっ!」
何事も形から入る!がモットーの僕は、まだ使えもしないその塗り刷毛に焦がれてしまった。
兄弟子に訊くと、塗り刷毛一本がその時の僕の給金より高い! 手を出せるようなシロモノではとてもない。
しかし、それが人毛で作られている事を知った僕は狂喜した!
材質を知ったその日から、ひたすら髪を伸ばし始めたのである。
自らの髪で作って貰おうと決めたのだ。
ナイスアイデア‼︎
もともとロン毛だった僕は、そこから数カ月で背中の中程まで伸ばす事に成功した。
当時京都でも指折りの、蒔絵筆、塗り刷毛作りの職人さんにOさんというお婆さんがおられ、皆よくそこにオーダーを出していた。
その日僕は、仕事が終わるが早いか、高鳴る胸を抑えつつ、バスを乗り継ぎOさんの工房を目指したのである。
玄関に出てこられたのは、芯の強そうなお婆さんだった。
先ずは丁寧に挨拶をして、自分は蒔絵師の修行に入ったばかりで、まだお金もない。
でも、どうしても塗り刷毛を欲しく思い、髪を伸ばしたので必要なだけ切って、何とか少しでも安く作っては貰えないか。と一生懸命にお願いした。
僕の話しをひと通り聞いてくれたお婆さんが、少しニヤッとして手招きされるので
近づいて行くと、やおら僕の髪を一本ピッと抜き、「見ときなさいよ。」とその毛を軽く左右に引っ張った。
プツッと僕の毛はあっけなく2つに切れてしまったのだ。
「あ〜、やっぱりなぁ。
ほれ、オニイチャン残念やなぁ。これは使えんなぁ。 栄養不足や、またおいで。」と
今度はニカッと笑って奥に引っ込んでしまわれた。
そして誰もいなくなってしまった状態の玄関にさぶい風が吹き抜けた。
挫折と絶望を胸に、翌朝兄弟子に話したところ、腹を抱えて笑われた。
塗り刷毛というのは、細くしなやかな直毛の女性の髪の毛で出来ており、
山程の量を櫛削って、櫛削って、やっと1本作れるかどうかなのである。
太くて硬く、ましてや癖っ毛の男の髪なんかで作れる訳がないのである。
「エェーーーーーーーーッ‼︎‼︎‼︎」
初めて知った驚愕の事実に
「はぁーーーー、腹痛い!
坂根君、からかわれたんやがな!」
兄弟子の言葉がトドメのヤイバとなって、突き刺さったのであった。
何でも、1本の髪の毛を持ち、少し捻るようにして引っ張ると割と簡単に切れてしまうらしい。
京都と言えば映画の都。
数カ月の努力の結晶は、時代劇に使うカツラの髪の一部となり、何と2,500円で売れ、僕はそれで2週間を食い繋ぐ事が出来た!
昔から転んでもタダでは起きないのである。
卵にもなっていない蒔絵師修行中のガキを、粋にからかってくれた職人お婆さんも
僕が独立する頃に亡くなってしまい、僕は結局塗り刷毛を手に入れる事が出来なかった。
筆も含めてオーダーを入れていたのに残念だった。
弟子入り後すぐに師匠から揃えていただいたお婆さんの筆は、独立後も数年間僕のパートナーでいてくれた。
良い道具、良い素材がなかなか手に入らなくなり、また道具を作る職人さんも減ってしまっている昨今、
マヌケなエピソードど共に良かった時代に想いを馳せる今日この頃である。
楽しかったなぁ。
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