waca-jhi's diary

笑いも涙も浄化には大きい力になるといいます。そしてカルチャーショックは気付きの第一歩、たとえ小さくても感動は行動への第一歩。

百百のやわ (坂根龍我作品 紹介№81 )

 彦根市の漆の工芸家、坂根さんの作品(今日は文筆です)を楽しみましょう】

 

 まだ十代の頃、ロックバンドにそろそろ飽きがきていた時、アコースティックデュオを組む事が叶った。

京都の小さなライブハウス。
僕達が一週間に一度出演していたその店に「ねぇさん」も出演していたんだ。

一人でギターを抱えて、ゆったりと語りかけるように歌う姿がとても印象的で、時折見えるエクボの魅力もあり、「素敵なひとだな」と心惹かれたのを覚えている。

アマチュアであってもライブハウスで演奏する時は、あるプロダクションに所属する事を強いられた僕達は、顔立ちが甘いからと、当時流行りのカワイコチャン路線で売れというムチャな通達をされ、そういう髪型、そういう服装、そしてそういう曲を作らされ歌っていた。

相方はピタリとはまっていたのだが、齢い16にして酒、たばこ、〇〇〇解禁!髪振り乱してロックしていた僕にとって、それは地獄の拷問に等しかったのである。
閻魔様からラブレターを貰い、青鬼からの横恋慕の修羅場くらい辛かったのである。
それはもう、ヘビメタ野郎の首根っこひっ捕まえて、保育園でお遊戯の歌を一生歌えと言っているようなものだったのである。

その日、一回目のライブを終えた僕は、二回目のライブまでの間出掛けて来るという相方を見送って、一人楽屋に残った。
カワイコチャンストレスで爆発寸前だった僕は、机に足を乗せ、髪を後ろに撫で付けて、楽譜ケースに忍ばせてあったポケットウィスキーをクイクイと飲みながら、ロングピースに火を着けた。

あぁー、うめぇー!・・と天井に煙を吐き出し、至福に浸りかけた時、楽屋の扉が開いた。

「けむっ!」という声に聞き覚えがあり、顔を正面に向けると、淡いブルーのワンピースを着た「ねぇさん」が立っていた。
(やべっ!)と思うも、時すでに遅し!である。

一寸の間、目を細めて僕を見ていた「ねぇさん」の目が見開かれて丸くなる!
無理もない、さっきまで、♪愛してるぅ~♪ なんて歌ってたカワイコチャンの口にタバコ、片手にウィスキー、ふんぞり返って机に足、である!詐欺もいいところである。
とりあえず、足だけは戻したものの他は隠せなかった。

「・・あなた・・確か高校生よね?!」

「・・うぃっス・・」

「驚いた!・・これがあなたの実態って訳~?!」

こうなってはもう仕方がない、タバコをくわえたままではあったが、一応お愛想に、ニカっと笑ってピースサインを右手でそっと出してみた。

「もう、しょうがないわね。黙ってて貰いたい?」

腰に片手を当て、ちょっと小首を傾げて「ねぇさん」は訊いた。

「・・・はぃ・・」

溜め息を一つ吐いてから彼女は言った。

「了解、でも一つ条件があるわ。
今夜、演奏が終わったら私に付き合いなさい。
それが条件。じゃ、後でね。」

エクボを見せて、「ねぇさん」は楽屋を出ていった。

「・・は、ぃ・・・・・・・えっ??!!」

くわえタバコの灰が落ちて、ポケットウィスキーのキャップが転がり落ちた。
17歳と21歳の出逢いだった。

(逆ナンか?!)心惹かれたひとに誘われた訳である。
まして17歳の小僧、色気盛りである。
男は色気付いた時からずっとバカなのである。

気も漫ろなライブを終えて「ねぇさん」に連れて行かれたのは、当然の如く、何て事はない居酒屋だった。

その店で僕達は、飲みながら色んな話しをした。
自分たちの事、将来の事、今の不満や大切なモノ達。
そして、少しだけ酔った「ねぇさん」が言ったんだ。

「よし!今日から君は私の弟だ!」

この時から「ねぇさん」は「ねぇさん」になった。

その後、僕達は度々一緒に遊びに出たり、飲みに行ったりしていた
大学と高校の差はあったが、お互い学生だったので、あまり値のはる所へはいけなかったが、バイト代が入ると、誘ったり誘われたりを楽しんでいた。

「ねぇさん」との衝撃の出逢いからほぼ一年が過ぎようとしていた
その頃僕は、その素行から相方に去られ、その事で事務所から見切りを付けられていて、思う存分ソロで好きなようにやっていた。
そんなある日、「ねぇさん」が楽屋に来て言った。

「決めた事があるの。あなたを誘惑するのは私の役目!いい?」

「・・・はい??!」

先日二人で飲みに行った帰り、少し遅くなったので、タクシーを停めて「ねぇさん」を先に見送った。
その時、僕がひどく優しい目をして送ったらしく。

「あなたは、大切な人が出来たら、きっとずっと、あんな目を相手に向けるんだろうなーって思ったら、ちょっと悔しくなったの。
だから、あなたを誘惑するの。
でも、今じゃないわよ。
もっと素敵な男に仕立ててから!
解った?!」

「・・・うん・・まぁ。」

「ねぇさん」はそれだけ告げると、エクボを見せて楽屋を出ていった。

同じような光景が確か一年前・・と考えていて、今度はギターを落としてしまった。

その後、互いに仕事に就き、大切な人が出来ても、僕達の付き合いは続いた。
学生の頃のように頻繁ではなく、電話だけの事も多かったが、お互いのどんな状況の時も、最後は、「ダメね~、もっと色気のあるいい男になりなさい。私が誘惑するんだからね!シャンとしなさい!」とか、「・・うん・・大丈夫だから・・ちゃんと立ち直って、あなたを誘惑するから。」で、締め括られた。
そして、そんなやり取りは「ねぇさん」が結婚しても続いていたんだ。

四十代半ば、それまでの人生に一旦幕を引き、素の自分になって一人で僕は生きていた。
電話のコールに出てみると久々の「ねぇさん」の声。

「久し振り!どう?元気にしてる?ちゃんと食べてる?」

「ホント久し振りやね!うん、何とかやってるよ。
そっちはどうなん?元気?」

「うん、それがねー。私入院しちゃったの。大した事ないんだけどね。」

「何?どうしたん?」

「わたし、ガンになっちゃった。
もうすぐ手術なの。」

「・・・え?!・・これから行く、すぐ見舞いに行くから!
ねぇさん、どこ?どこの病院?!」

「ダぁ~メ、教えてあげない。
あなたが来たって何もしてもらう事ないわよ。
こうして声が聞ければ、それでいいの!
それに、ガンって言っても軽いやつだから大丈夫。
退院したら連絡するから待ってて。
元気になって、ちゃんとあなたを誘惑しに行くから。
ね、待ってて。」

「・・・解った。約束やで!
絶対連絡してや!
俺、待ってるからな!」

「うん、じゃぁね。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・通話終了の電話の音が、ひどく不吉で孤独なものに響いていたのを覚えている。

「ねぇさん」からの連絡が来たのは、その数ヵ月後だった。
黒く縁取られた一枚の通知、「ねぇさん」が逝った事を報せる連絡だった。

僕は声をあげて泣く事が出来ない。
それでも、次から次へと流れてくる熱いモノに嗚咽した。 
その一粒一粒に「ねぇさん」との思い出が甦り、悲しい紙に滲んで
いった。

あれから幾つ年を重ねたのか。

「ねぇさん」、去年も今年も娘さんから季節の便りが届きます。
「ますます母に似て参りました。お会いしたいです」

「ねぇさん」僕は未だに「ねぇさん」のお墓を知らないんだ。
ごめんよ。

「ねぇさん」僕はいい男になれたかな。
いつになったら誘惑してくれるんだい?

今年は、娘さんに会おうか。
そして、二人でお墓に行こうか。

「もう!あなたはねー!・・」
元気な「ねぇさん」の声、今も僕の胸に響いている。

「あなたを誘惑するのは私の役目」

                             

 坂根さんの作品は目次にも使えるピンタレストに入れてあります。
いつでもどれでもお好みの作品を楽しんでください。
 

                             

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