waca-jhi's diary

笑いも涙も浄化には大きい力になるといいます。そしてカルチャーショックは気付きの第一歩、たとえ小さくても感動は行動への第一歩。

ブローチ・狂 (坂根龍我 作品 紹介№18)

彦根市の漆の工芸家、坂根龍我さんの作品を楽しみましょう】
 
《百百のやわ》
 
弟子入りしてすぐに仕事が出来るわけではない。
当初は仕事部屋の拭き掃除、皆の机周りの掃除位しか、お役に立てる事はなく、後はひたすら運筆、線描き、塗り込みの練習で1日が過ぎて行くのである。
 
ある朝、掃除をしていた時、師匠の道具箱が開いている事に気が付いた。
中には新しい蒔絵筆の他に、塗り刷毛までもが揃っていた。
それは少し汚れていて、丁寧に毛先が揃えられ、これぞ一流の造り手の道具と言わんばかりに輝いて見えた。
「欲しい!持ってみたい!」何事も形から入る僕は、まだ使えもしないその塗り刷毛に焦がれてしまったのだ。
 
兄弟子に訊くと、塗り刷毛一本がその時の僕の給金より高い!
手を出せるようなシロモノではない。
しかし、それが人毛で出来ている事を知った僕は諦めなかった。
材質を知ったその日から、ひたすら髪を伸ばし始めたのである。
自らの髪で作って貰おうと決めたのだ。
ナイスアイデア!!
もともとロン毛だった僕は、そこから数ヶ月で背中の中程まで髪を伸ばす事に成功した。
 
当時、京都でも指折りの、蒔絵筆・刷毛作りの職人さんにOさんというお婆さんがおいでになり、皆よくそこにオーダーを出していた。 
 
その日、仕事が終わるが早いか、僕は高鳴る胸を押さえつつ、バスを乗り継ぎ、そのOさんの工房を目指したのである。
 
玄関に出て来られたのは、小柄な芯の強そうなお婆さんだった。
簡単な自己紹介をして、自分は蒔絵師の修行に入ったばかりで、まだ給金も低くく、でも塗り刷毛も欲しく思い、自分の髪を伸ばしたので、必要なだけ切って、これで何とか少しでも安く作っていただけないか。というような事を一生懸命に説明し、お願いしたと記憶している。
僕の話しを一通り聞いてくれたお婆さんが、少しニヤッとして手招きされるので近づいて行くと、僕の髪を一本ピッと抜き、「見ときなさいよ」とその毛を軽く左右に引っ張った。
プツッと僕の髪の毛は、あっけなく2つに切れてしまった。
「ほれ、オニイチャン残念やなぁ、これでは使えんわ、栄養不足やまたおいで」
と、今度はニカッと笑って奥に引っ込んでしまわれた。
 
挫折と絶望を胸に、翌日兄弟子に話したところ、腹をかかえて笑われた。

 

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塗り刷毛というのは、細くしなやかな直毛の女性の毛で出来ており、山程の量を櫛削って、櫛削ってやっと一本作れるかどうかなのである。
太くて硬く、ましてやクセッ毛の男の髪なんかで作れる訳がないのである。
 
「エェーーーーーッ!!!!」
初めて知った驚愕の事実に「坂根君、からかわれたんや!」
兄弟子の言葉が、トドメのように飛んできた。
 
京都と言えば映画の都。
数ヶ月の僕の努力の結晶は、時代劇に使うカツラの髪の毛の一部となるため2500円で売れ、僕はそれで2週間を食いつないだ。
 
卵にもなっていない蒔絵修行中の弟子を、粋にからかってくれた職人お婆さんも、僕が独立する頃に亡くなってしまい、僕は結局塗り刷毛を手にする事が出来なかった。
ちゃんと筆も含めてオーダーを入れていたのに、残念だった。
弟子入り後すぐに師匠から揃えていただいた、お婆さんの筆は、独立後も数年間僕のパートナーだった。
 
良い道具、良い素材がなかなか手に入らなくなり、また、道具を作る職人さんも減ってしまっている昨今、マヌケなエピソードど共に良い時代に思いを馳せる今日この頃である。
 
楽しかったなぁ。
                             

 坂根さんの作品は目次にも使えるピンタレストに入れてあります。
いつでもどれでもお好みの作品を楽しんでください。
 

                             

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